< 2010年03>
S M T W T F S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
プロフィール
gonngoetsu
gonngoetsu
写真は死海で         浮かんだときのものです。         関東在住の団塊世代です。 鹿児島市には37歳まで  住んでおりました。      10代の中頃から、      エルヴィスとビートルズを  聴き初め、           いまだに聴いております。
オーナーへメッセージ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。 解除は→こちら
現在の読者数 4人
アクセスカウンタ
QRコード
QRCODE
最近のトラバ

2010年01月14日

自分史 2-7

相変らず寝たきり状態の私にお袋が言った。

「一郎さんに頼んでみようか。」

一郎さんは、鍼灸学校の校長先生をしておられた。
お袋とは遠縁の親戚になる人らしかった。

体が弱かった長兄も小生校の頃、一郎先生に
お灸をしてもらい、体質改善をしたんだとお袋は言った。

お袋と2人で純心学園正門近くの一郎先生宅を訪ねた。
一郎先生は、私の体を診てから治してあげましょうと言われた。

それから月に一回、
一郎先生宅を訪れ、灸点に印を付けてもらい自宅で親父から施灸してもらった。
当初は目立った効果は表れなかったが、他に私の選択肢はなかった。


12月になってすぐの頃、
職場の総務課長と工務課長が私の家を訪ねてきた。

用件は、私に会社を辞めて欲しいと言うことだった。
無理もない話だった。私は辞職に同意した。

カクイわた㈱は在籍20ヵ月の内、半分以上は欠勤していた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
********  今になって、40年前の当時をふりかえりますと


人生に 「もしも」 はありませんが、

あの時、辞職せず、カクイわた㈱で定年まで勤め上げていたら
あの時、あの娘と別れていなければ、
地元の鹿児島で、また違った人生があっただろう、
どんな人生を過ごしたのだろうと、思うことがあります。

カクイわた㈱を辞めた私は、その後勤め先を20回変える
転職20回人生を、歩むことになります。

この記事へのトラックバックURL

上の画像に書かれている文字を入力して下さい