2010年01月14日
自分史 2-7
相変らず寝たきり状態の私にお袋が言った。
「一郎さんに頼んでみようか。」
一郎さんは、鍼灸学校の校長先生をしておられた。
お袋とは遠縁の親戚になる人らしかった。
体が弱かった長兄も小生校の頃、一郎先生に
お灸をしてもらい、体質改善をしたんだとお袋は言った。
お袋と2人で純心学園正門近くの一郎先生宅を訪ねた。
一郎先生は、私の体を診てから治してあげましょうと言われた。
それから月に一回、
一郎先生宅を訪れ、灸点に印を付けてもらい自宅で親父から施灸してもらった。
当初は目立った効果は表れなかったが、他に私の選択肢はなかった。
12月になってすぐの頃、
職場の総務課長と工務課長が私の家を訪ねてきた。
用件は、私に会社を辞めて欲しいと言うことだった。
無理もない話だった。私は辞職に同意した。
カクイわた㈱は在籍20ヵ月の内、半分以上は欠勤していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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******** 今になって、40年前の当時をふりかえりますと
人生に 「もしも」 はありませんが、
あの時、辞職せず、カクイわた㈱で定年まで勤め上げていたら
あの時、あの娘と別れていなければ、
地元の鹿児島で、また違った人生があっただろう、
どんな人生を過ごしたのだろうと、思うことがあります。
カクイわた㈱を辞めた私は、その後勤め先を20回変える
転職20回人生を、歩むことになります。
「一郎さんに頼んでみようか。」
一郎さんは、鍼灸学校の校長先生をしておられた。
お袋とは遠縁の親戚になる人らしかった。
体が弱かった長兄も小生校の頃、一郎先生に
お灸をしてもらい、体質改善をしたんだとお袋は言った。
お袋と2人で純心学園正門近くの一郎先生宅を訪ねた。
一郎先生は、私の体を診てから治してあげましょうと言われた。
それから月に一回、
一郎先生宅を訪れ、灸点に印を付けてもらい自宅で親父から施灸してもらった。
当初は目立った効果は表れなかったが、他に私の選択肢はなかった。
12月になってすぐの頃、
職場の総務課長と工務課長が私の家を訪ねてきた。
用件は、私に会社を辞めて欲しいと言うことだった。
無理もない話だった。私は辞職に同意した。
カクイわた㈱は在籍20ヵ月の内、半分以上は欠勤していた。
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******** 今になって、40年前の当時をふりかえりますと
人生に 「もしも」 はありませんが、
あの時、辞職せず、カクイわた㈱で定年まで勤め上げていたら
あの時、あの娘と別れていなければ、
地元の鹿児島で、また違った人生があっただろう、
どんな人生を過ごしたのだろうと、思うことがあります。
カクイわた㈱を辞めた私は、その後勤め先を20回変える
転職20回人生を、歩むことになります。


